神戸大国際文化学部・原さん

hara.jpg 付属中1年の時から友達と大学受験の話をたまにすることがありました。母親は「神戸大の発達科学どうで?」をそれとなく勧めていました。「お母さんに言われたところに素直に進むのもなぁ」などと思い、もともと国際系に興味があったので、高3の春ごろ神戸大の国際文化学部を第一志望に決めました。

 湧源塾に通い出したのは中学1年の春です。6年間お世話になりました。

 初めて会った時の四宮先生は緩い感じでした。ここだけの話、オリエンテーションの時に「大丈夫かな」と思ったほどです。授業が始まるとあの緩さはそのままなのですが、授業内容はかなりシビアになります。問題がしれっと高度ですし、答えを聞くと「こんな問題をしていたのか」と驚くほどです。「この問題、いったい何を書いとん?」と投げ出したくなるような全然解けない問題があり、四宮先生の解説を聞くとその時は「なるほど」と思うのですが、その解法を自分で思いつくことができるようになるのだろうかという疑問がありました。

 でも、いつの間にか自分で解法を思いつくレベルになっていたのです。

 力がついたのは、四宮先生の手書きのプリントや単元ごちゃまぜのいやらしい問題を解いてきたからだと思います。これで2次の力がついたのです。大阪大や神戸大の文系の数学であれば8割くらいは解けるようになっていました。 

 問題を解くのに時間がかかるのですが、それでは受験本番では間に合いません。そこで、センターですぐに答えが出る方法を教えてもらったりして、解く時間がスピードアップできるようになりました。湧源塾ではセンター対策から2次対策までばっちりなのです。

 湧源塾の授業は学校の授業より1年早く先に進みますしスピードも速いので、「やばいやばい」と焦ったことがありました。その部分は1年後に学校の授業を受けてようやく定着しました。授業を2回受ける効果は大きいです。高校の授業1回だったら定着しにくいはずです。しかも高校の先生はいろいろなので……。

 湧源塾には優秀な人が大勢集まっていました。そんな優秀な人に囲まれて「これはやばい」と焦ったものです。高校では人文科学クラスに3年間いましたが、クラスの同級生以上のハイレベルな仲間が集まっていました。数学の問題を解くと、みんな正確で早いのです。どの人も余裕で解いていました。周囲があまりにもできすぎるので怖くなったことがありました。

 私は自分から勉強するタイプではありません。放っておかれたら何もせず、どんどん落ちていくでしょう。湧源塾に通ったおかげで周囲の優秀な人たちについていくために焦り、努力をすることができました。のんびり屋の私にはぴったりです。

  実は中学1年から湧源塾に通いはじめた時、友人2人が一緒でした。のちにその2人はやめていったのですが、私は湧源塾が好きだったので辞めようと思ったことは一度もありません。

 湧源塾で焦って、湧源塾で難易度の高い問題を数多く解いて、解法のパターンなどを覚えて、いつの間にかいろいろな問題を解けるようになったことが私の合格の原動力になりました。 

【県立城東高校2011年3月卒】

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